• 連綿

    地鳴りのあと間もなく不協和音が鳴り響き、食卓で情けない悲鳴をあげた。茶碗の水面が淵を越え、食卓にぬるい塩水が広がる。間髪入れずにスマートフォンが振動し、県内の近親から、続けて遠方の親戚や友人から、続々とメッセージが届く。怖かった。フリック入力で安否報告をこなしながら、ふと思い出す。わたしには、自らに次いで心配すべき対象が在ったではないか。次の瞬間、妙に頼もしい自分の声が頭のなかを流れてくる――みなさん、大きな地震がありました。怖かったですね。今日は夜中にまた大きな地震が来るかもしれません。落ち着いて、気をつけて過ごしてください――反射的に学内の連絡ツールにアクセスしていた。深夜23時48分。無論タイムカードは数時間前に切っている。“サービス残業”という言葉を思い浮かべると同時に、今この行為はそれに該当しないような気がしている。わたしのしたことは、“サービス残業”といえばそうかもしれなくて、美徳や責任感とも似ていながら、ほとんど脊髄反射に近いものだ。誰かのためだとか、職務だとか、考えるよりも先に自分を動かすもの。わたしはもう二度と、反射しないわたしに戻ることができそうにない。投稿したメッセージを読んだ学生から連絡が入る。先生、わたしたちを心配してくださってありがとうございます。――学生から感謝されるといつも、先生のことを思い出す。大学を卒業してから十年以上にわたり恩師との交流が続いている。人生に行き詰ったらメッセージを送った。土日祝日に同窓会を開催した。その日に大学が休みであることくらい知っていた。知っていたが、わかってはいなかった。恩師は業務時間外にわたしたちとメッセージを送り合い、休日に同窓会へ参加していた。教員になるずっと前から感謝しているつもりだった。その感謝がまるで足りなかったと、気づかなかったわたしに戻ることができない。思わず恩師に連絡を取った。土曜日の早朝、つまり業務時間外だった。先生、わたし、教員になって気づいたんです。これまで先生がわたしたちにくださったあの時間、全部サービス残業だったんですよね。もう学費を払い終えて十年も経つのに、先生からもらいすぎちゃたみたいで。すると恩師は答えた。「業務時間なんて考えたこと、一度もないよ」。恐縮して「先生には生涯敵いませんよ」と言うと、また恩師は答えた。「うん、わたしもそう思っているよ」。


    【第11回】私立古賀裕人文学祭「教師の含蓄」応募作品

  • 想像の海

    想像の海はその年はじめて三十度に達したぬるい夜にふと現れる。想像のコンビナートが想像の電球に照らされた何処かで見たような夜景の世界で、現実に追われたふたりは無機質な海辺に隠れて明けることのない想像のしじまにとどまろうと足掻いている。想像の小波は無数のゆれから成り、煙突の先では想像の排気がたなびいているけれど、想像の海辺ではあの忙しない潮風が吹いていない。在りうる海は想像するよそ者をいたずらに疲れさせず、追い返そうともせず、ただ無風にゆられて鈍色の水面をきらめかせる。

  • においはしない

    梅が満開の公園は曇天で、視界の寒々しさのわりに空気はぬるっとして、裏起毛の上着はほとんど無用だった。今に咲いたばかりの皺ひとつない花々が並ぶ小径で、わたしは本能的に低い枝へ近寄っていて、そこでひとつ息を吐くと、長く長く吸いながら春の浮かれたにおいを期待する。少し道を逸れて永代供養墓の観音菩薩に手を合わせ、口のなかで十句観音経を唱えているとき、傍を散歩する二人の老人が梅の枝に鼻を寄せて目を見合わせ「におい、する?」と尋ね合っていた。わたしたちは満開の梅におびき寄せられて無防備な羽虫にされてしまうが、春のきざしは案外香らなくて、辺りには期待はずれの陰鬱なぬるさがいつまでも滞っている。がらがらの駐車場で待つ愛車は黄色い砂ぼこりに塗れている。そろそろ裏起毛の上着は洗濯して仕舞いたいと思う。

  • 水甕

    みずがめ座は、ふとした拍子に割れてしまうもののなかに、こぼれたら二度ともどらないものを入れて運んでいます。目の前に水の入った容れ物があるとき、その実体にはいつも影のごとく、割れて中身の飛び散った惨状がつきまといます。みずがめ座のもとへ生まれたからには、そんな容れ物を運ぶ危うさに気づかないふりをして飄々と働き、心中ではどうにでもなってしまえと開きなおるほかありません。わたしたちはしばしば不注意で水をこぼすでしょう。ほかの星座はわたしたちのふるまいにため息をつきますが、みずがめ座の知ったことではありません。だって、みんなため息をつくだけで、ほんとうは水瓶に触れるのすらおそろしくてたまらなくて、誰ひとりとしてみずがめ座の仕事を代わってはくれないのですから。

  • 交信のあった年

    わけあって私生活が破綻して、いまは諸々を修復の最中にあり、目途が立つまで創作を休んでいる。精神的な余剰が潤沢でないときものを書くのにあまり向かない質だと自覚しているので、ある程度立ち直るまではこのまま大人しく黙っているつもりだ。いわゆる落ちているとき、なのかもしれない。情けない有様だが、それでもどこか悪い気がしないのは、先々月に愛しの児童文学雑誌の投稿欄へ自分の名前が載っているのを見つけたからだ。その小説はまだ生活が滅茶苦茶になる前、夏ごろに書いた。ある孫娘が祖母と連れ立って観音菩薩に祈りを捧げる朝を描いている。雑誌にはただ頁の端にごく小さな文字で載っただけで、べつに作品そのものやあらすじが掲載されたわけでもない。だがわたしは本件に「届くことって、あるんだ!」と心底驚かされた。ボトルレターを拾った衝撃というか、宇宙から暗号を受信した衝撃というか。わたしは自分で書いて、自分で発信するくせに、何らかの反応があることを予期しない。絶望的なまでに内向的で、交信の可能性を信じていないのである。だから人様から何らかの反応があったときは毎度、心底驚いてしまう。今年で同人活動を始めてもう十数年になるというのに。内向的な人間はある意味で幸福な分、孤独の痛みを知らない孤独と生涯付き合ってゆくしかない。小説を書く動機は変えられない。わたしは美しさのために書く。ここまで一度も迷わなかったわけではないけれど、ものを書き始めたときから今までずっと、美のほかのものに従って書けたためしがない。それでも、ときたま書かずにいられなかった美が誰かのもとへ届くことがある。交信は制御できない。どこかへ届いた今年は幸運だった。来年も書く。次に運に恵まれるかは、わからない。それでもわたしが「捨てたもんじゃない」と信じた美しい視界が、いずれかの時間やメディアを経由して思いもよらない誰かにまた届くよう、半ば期待を込めて。

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