生まれつき

生まれたときから桑がありました。わたしはわたしの命に気づいたとき桑を食んでおりました。わたしが桑を食い尽くすとまた桑が降ってきました。だからわたしは桑を食むことしか知らずに生きていたのです。そのうちわたしの傍にみなさんがいたことに気づきました。みなさんもずっと桑を食んでいましたから、わたしはわたしがみなさんと同じ蚕なのだと気づきました。来る日も来る日も桑を食んでいるうちに、わたしたちに桑をくれるひとがいたことに気づきました。わたしはそのひとをおとうさんと呼びました。おとうさんはわたしたちに桑をくれました。でも、いつもおとうさんの隣にいるひとは桑をくれませんでした。わたしは桑をくれないひとのことを、ぼうやと呼びました。ぼうやはときどきわたしたちに触りましたが、桑はくれませんでした。ただおとうさんがわたしたちに桑をくれるのを、じっと見ているだけでした。あるときぼうやは「ぼくにもできそう」と言いました。それからはじめてわたしたちに桑をくれました。わたしもぼうやのくれた桑を食べました。ぼくにもできそう、ってどういうことなのでしょうか。わたしたちは桑を食んでおりましたが、だんだんみなさんの体が白くなってきました。その白がなんだか懐かしいような気がしたとき、おとうさんはわたしたちを桑の葉から落として、どこかへ運んでくれました。みんなで高いところへゆくのがわかりました。なんだかわたしたちはいつか、高いところへゆかなければならないような気がしていました。わたしたちは桑のないところへ運んでもらいましたが、わたしはどうしたらよいのかわからなくて、うずくまっておりました。みなさんのなかには上を向いてから、どこかへ行ってしまう方がいました。わたしもみなさんをまねて上を向いてみると、上にはたくさんの部屋がありました。みなさんは自分の部屋を見つけて、そこで白い糸を吐きました。白い糸に包まれて、みなさんは隠れてしまいました。わたしには自分の部屋がどこにあるかわかりませんでした。どうやって糸を吐けばよいかもわかりませんでした。みなさんがどんどんのぼってゆくので、たくさんあった部屋はほとんど埋まってしまいました。それでもわたしには、自分の部屋のありかも、糸の吐き方も、いつまで経ってもわかりませんでした。みなさんにはどうしてそれがわかったのでしょうか。どうして桑のないところで自分の部屋のありかを見つけられたのでしょうか。どうして吐いたことのない糸で自分を包めたのでしょうか。そのときふと、ぼうやの声を思い出しました。ぼくにもできそう、ってどういうことなのでしょうか。ぼうやは桑に触れたことがあったのでしょうか。そのときようやく、ぼうやも、みなさんも、わたしと同じように、みんながなにも知らずにいたのではないかと、そんな気がしたのです。わたしはなにも知らずとも、天へのぼることができます。なにも知らずとも、白い糸を吐くことができます。なにも知らずとも自分にできることがあるのだと、生まれたときから知っていたのです。わたしはこれからのぼります。白い幕をおろすみなさんの傍を通って、どの方よりも高くのぼってゆきます。おやすみなさい、みなさん、おやすみなさい。わたしは眠りたくなるまで、まだのぼってみようと思います。


【第10回】 私立古賀裕人文学祭「ぼくにもできそう」応募作品

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