においはしない

梅が満開の公園は曇天で、視界の寒々しさのわりに空気はぬるっとして、裏起毛の上着はほとんど無用だった。今に咲いたばかりの皺ひとつない花々が並ぶ小径で、わたしは本能的に低い枝へ近寄っていて、そこでひとつ息を吐くと、長く長く吸いながら春の浮かれたにおいを期待する。少し道を逸れて永代供養墓の観音菩薩に手を合わせ、口のなかで十句観音経を唱えているとき、傍を散歩する二人の老人が梅の枝に鼻を寄せて目を見合わせ「におい、する?」と尋ね合っていた。わたしたちは満開の梅におびき寄せられて無防備な羽虫にされてしまうが、春のきざしは案外香らなくて、辺りには期待はずれの陰鬱なぬるさがいつまでも滞っている。がらがらの駐車場で待つ愛車は黄色い砂ぼこりに塗れている。そろそろ裏起毛の上着は洗濯して仕舞いたいと思う。

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