濁った水底を掌で撫でると、平らになったそこへ均等に泥水が流れ込む。見えないくぼみで若い稲が倒れてしまわぬように、一列も怠らずに泥を撫でた。根を支えるには心もとない柔らかな土壌に浅く苗を挿し込む。植物はそれでも真っ直ぐに伸びるのだろうけれど、無事に根づくようにと植える度に祈らずにいられない。裏返ったカブトエビの亡骸が、かすかな流れに乗りどことなく水面を漂ってゆく。ホウネンエビは緑の内臓を透かして見せながら、苗と苗の間を優雅に泳ぎ回る。沈み込んだ足をぐっと引き抜いて、後ろへ一歩下がるとその足がまた泥中に沈み込む。くぼんだ足跡を消すために、濁った水底を掌で撫でる。植えても、植えても、背後の農道はまだ遠い。「鏡のように、綺麗に植えましたね」と上から声がしたので、手を止めて振り向いた。鏡に擬えたわけは、どうもわからない。腰をあげ、佇む指導役と同じ目線に立ち、足元から彼方までゆらぎながら列をなす稲の群れを見渡した。濁っていて見えなくても、撫で続けた水底はきっとどこまでも平らかで、田圃は今にも降り出しそうな六月の曇天を映している。
